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象牙色の立体

映画などについて書きます。

マネー・ショート 華麗なる大逆転

私事が終わったので、久々に更新。

マネー・ショート 華麗なる大逆転 を観た。

 

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ブラピの映画会社、プランBが制作。さすがブラピはいい映画を制作しますね。

 

あらすじ

2004年から2006年にかけて、アメリカ合衆国では住宅価格が上昇し、住宅ローンの債権が高利回りの金融商品として脚光を浴びていた。多くの投資家たちがそうした金融商品を買いあさる中で、いち早くバブル崩壊の兆しを読み取った投資家もいた。本作はそんな彼らがどのようにしてサブプライム住宅ローン危機の中で巨額の利益を上げたのかを描き出す。

 

 

早速だがこの映画、サブタイトルのような華麗なる大逆転はない。というよりも「大逆転」は起こるが「華麗なる」ではない。ではどのような大逆転が起こるかというと、「苦痛と絶望に満ちた」大逆転が起こる。もちろんそれではこの映画は売れないので、ウソをつく必要があると思うし、華麗なる大逆転という謎のサブタイトルを付けても構わないと思う。ウォール街サブプライムローンを売った彼らと本質的には同様のことをしているだけの話だ。

 

この映画は、サブプライムローンとは、また世界金融危機とはいったい何だったのか、そして誰によって引き起こされたのか、その真実をもう一度わかりやすく楽しく伝えようという内容だ。安全信仰に支配されていたサブプライムローンが”負ける”ほうにかけた主人公たちの逆転劇を描くというエンタメ作品でもあるが、サブプライムローンの実態を暴き出すというウォール街の告発映画でもある。つまり、この映画の終着点は必然的にサブプライムローンの崩壊になってしまうので、主人公たちが「大逆転」した瞬間に世界経済は崩壊するということになる。これが当然「華麗なる」というめでたい展開になるはずはなく、経済の崩壊で絶望する人々の中で、それにいち早く気付いて反抗した人間の苦渋の表情が映されることになる。つまり、コメディでありながら、深刻なテーマを扱っているマネーショートだが、ストーリー以外にも凄いところはたくさんあった。

 

まず凄いのは、サブプライムローンと2007年の世界金融危機について勉強ができるところ。サブプライムローンが何かわからなくても、唐突に出てきた裸の女子が風呂に入ってシャンパンを飲みながら「サブプライムローンはクソよ!」と我々に向かって説明してくれるし、非常に安心。この映画を見たおかげで、MBSCDOCDSという謎の略語の違いについて説明できるようになったし、さらには合成CDSという、CDSをさらに合成してしまったものについても説明できるようになった。

 

次に凄いのは編集のところ。アカデミー賞編集賞にノミネートされているので、当然編集というのはマネーショートの一つの魅力だろう。この映画はまるでマイケル・ムーア監督のドキュメンタリーのように、色々な資料やネット上の素材を細かく編集して矢継ぎ早に流しながらナレーションを入れることによって、よく分からないがとにかく凄いという感じを強烈に押し出してくる。また、劇映画ながら、登場人物を捉えるカメラはブレまくりでピントもズレまくり、完全にこれもドキュメンタリーを意識している。しかし、ここぞという展開に近づくとキッチリと絵作りを行って、固定カメラでしっかり切り替えしながら撮っていくのがこの映画の不思議なところ。つまり、この映画はそのカットごとにドキュメンタリーだったりサスペンスだったりミステリーだったり、まるで違う映画のシーンを切り貼りしたかのように演出がバラバラで、とにかくやかましいのである。クライマックスに至っては、しっかりクロスカッティングしながら緊迫した展開を作っていくなど、唐突にドキュメンタリーではありえないような演出を巧みに入れてきているところがほかの映画にはないところで面白いし、痺れたりする。

 

最後にすごいのは、「安全信仰」というものの恐ろしさがわかるところ。大部分の人間が、「どんなことがあってもサブプライムローンは絶対に安全だ!」と思っていたとしても、本当に勉強し尽くした上でそう思っている人間は数少ない。ウォール街の人間がどれだけクソでも、この主人公たちのように徹底的に調べ続けないと逆転どころか対処すら出来ないし、実際に世界金融危機では、安全と信じ込んでいた600万人が路頭に迷う羽目になった。安全だと思い込むという選択は、その安全が崩壊して危機的状況に陥った時に取れる選択肢を、絶望するという一択に絞り込むということに他ならない。保険を何も持たないということなのだ。そして、今の日本もこの傾向にあるのは間違いない。ちなみに、マネーショートの冒頭では、マーク・トゥエインのこのような言葉が引用されている。

 

 

"何も知らないことが厄介なのではない。知らないことを知っていると思い込むのが厄介なのだ。