読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

象牙色の立体

映画などについて書きます。

「人斬り与太 狂犬三兄弟」

菅原文太主演、深作欣二監督の「人斬り与太 狂犬三兄弟」を観た。

 

f:id:solidivory:20121005150012j:plain

 

暴力映画を得意とする深作欣二監督のなかでも、トップクラスの暴力性を誇るとされる本作。主人公の菅原文太が子分の田中邦衛と暴行、殺人、強姦の限りを尽くす強烈な暴力殺戮ヤクザモノであるが、とにかくその暴力に果てがない。

 

ストーリーの概略を説明すると、

 

菅原文太演じる権藤が、組のために新興やくざ北闘会の会長貝塚を刺し殺したあと刑務所に入った。6年後にようやくムショから帰ってきて、感謝されると思ってたらむしろ厄介者扱いされる始末。腹が立つがやりようもないので、自分でお金を稼ごうとするがそれもうまくいかない...結局何をやってもうまくいかず、双方の組から命を狙われるのであった...という話だけ聞けば極端に理不尽な内容。

 

だがそんな理不尽な環境のなかでも、暴力でしか生きられなかった男の生きざまの中に、光るものを感じさせるところがこの映画の最高なところ!!...とはいかないのが凄い。狂気は狂気を生み、混沌とした中で復讐も十分に果たせず無様に、ただ無様に堕ちていく。たとえ理不尽とはいえ、それを解決するために暴力という手段しか持っていない男たちには、かっこいい死に様なんてありはしないと提示する。特に子分の田中邦衛に至っては、最後の戦闘の前の資金集めのために立ち寄った実家で、我慢の限界に達した母親たちに後ろから殴り殺されてしまうのだ。敵地に向かっていって死ぬことすら許されず、無様に親に殺されて死んでいくシーンのなんという虚しさ、なんというあっけなさ。

 

そして、なによりも敵が最後まで死なないところも余韻を残す。暴力のみを味方に駆逐しようとしたヤクザである菅原文太と、姑息に知略と政治でなんとかしようとする敵の組の対立構造になっている本作だが、それでも最終的に敵の組が勝ってしまうのだ。たとえ最後まで男らしかった菅原文太であったとしても、一度暴力を振るった人間は敵味方関係なく、死んでただ醜く晒されるのみ。最後の菅原文太の死に顔はヒーローでもなんでもなく、ただの愚かな亡骸として画面に映されるのである。たとえ姑息であったとしても、勝つのは暴力を振るわない人間であるというメッセージに、暴力の無力性が込められている。一瞬任侠映画のような、綺麗な色調で目を見張るような演劇的演出をしたかと思えば、その直後に強烈な泥臭さを演出したりするので、そこも面白い。

 

これだけ暴力表現を突き詰めて、暴力の理不尽さを追求した映画はそれほど存在しないだろう。深作欣二監督作では知名度の低い方であるが、トップレベルの傑作であることは間違いない。