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象牙色の立体

映画などについて書きます。

「足摺り水族館」を読む

素晴らしい漫画に出会ってしまった。

 

panpanya氏の描く「足摺り水族館」だ。

同書は、panpanya氏が蓄積した短編を単行本として纏めたものである。

 

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その装丁は見事で高級感がある。新書の時点で既に尋常ならざる価格で古本屋におかれている古書ような威厳があるのだ。

 

そもそも私は「漫画の真髄は短編にあり」という謎の理論を打ち立てている。漫画の多くは、週刊連載や月間連載などの連載としての形式をとっているので、その性質として最初から終わりまでの筋道をきっちりと立てることができない。第1話はここまで、というのが最終話に至るまでしっかりと決められた状態で始まる訳ではないため、編集者や本人たちの意向で連載は引き伸ばされ、伏線はいたずらに増えたまま回収されないということが容易に起こりうる。漫画と映画の相性が良くないと言われるのも大体はこの辺りが原因で、漫画は伏線をばらまいていく初期の部分が最も面白いという事態になりがちである。日常系などのオムニバス形式が流行るのも漫画のそのようなジレンマをあまり感じられずに済むからだろう。

 

しかしながら短編というものは、それらの漫画的なしがらみを無視することができるため、作家の純粋なアイデアや技術を楽しむことができる。その例として、荒木飛呂彦氏の短編漫画「死刑執行中脱獄進行中」では、長編よりも濃密な氏のアイデアを楽しむことができる。また、インターネット時代になってきたことも合わせて、そのような短編的趣向の作家が出現しやすくなってきているのではないだろうか。

 

panpanya氏もそのような土壌で生まれてきた天才の一人だろう。先述した通り、漫画の内容も既に古書のような古く奇怪な風格を持っていながら、鮮烈な新しさも存在しているという奇妙な感覚を味わうことができる。キャラクターは鉛筆で描かれたようないわゆる萌え系なのだが、話し方は全体として老獪である。背景は古い戦後の漫画のような、線を書き込むことで影を生み出す繊細な描写がされているのだ。

 

 

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キャラは可愛いがセリフは老獪で、背景は怪奇ホラーのようにもみえる。

 

ストーリーは、普段の生活圏から少し離れてみると、いつのまにか謎の場所にたどり着いていたというタイプの話と、謎を求めて深部に潜り込んでいくようなタイプの話が多い。どれも結末が一筋縄ではいかず、迷宮に迷い込んだまま終わってしまうこともあれば、突拍子もない結末で終わってしまうこともある。煙に巻かれたようだが、あったかい気持ちになるような作品もある。

 

私のお気に入りのひとつは、「マシン時代の動物たち」だ。

 

例のごとくいつも出てくる女の子が缶ジュースを飲もうと、自動販売機にお金を入れるが、「売り切れです」と言われてしまう。お金を返してもらおうと思うが、自販機は「一度もらったお金は僕のものだ」と言いだして返してくれない。女の子は怒りつつもその場をおさめるが、奇妙だったので夏休みの自由研究の課題にしようと思いつく。そこで「自動販売機の観察」を始めるが、実は自動販売機にはとんでもない秘密があったのだ...!!!

 

 

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中刷りカラーには古い雑誌にありそうな旅行記が載っているのも面白い

 

二転三転する突拍子もない展開にもかかわらず、ラストに迎えるさわやかな感動が黒田硫黄を彷彿とさせる。しかし、panpanya氏は繊細な背景から生まれるホラー要素が新鮮だ。

 

 

むかし、親戚の家に遊びに行ったときに、倉庫で名前も知らない埃にまみれた古い漫画を見つけて、読んでみると引き込まれてしまいそのまま暗くなるまでそれを読みふけった、という経験をしたことがある。「足摺り水族館」は最近Amazonで購入した新書なのだが、その時に読んでいた漫画のような深い味わいがあるのだ。

 

 

 

足摺り水族館

足摺り水族館