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象牙色の立体

映画などについて書きます。

人格を形成したいくつかの映画群 ー邦画編ー

邦画編です。

 

ソナチネ

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フリオ・リャマサーレスというスペインの作家が書いた黄色い雨という名著がある。これは、私の読んだ小説のオールタイムベストのひとつ。住んでいた村が廃墟になり自分ひとりになった主人公が、沈黙と過去の記憶に蝕まれて一人で死んでいくだけの物語だ。この小説は死だけを描き続けるにもかかわらず、とんでもなく美しい。悲しみや喪失というのは、我々にとって嫌な心象を与えがちだが、あまりに身近に、空気のように我々の周りに死が偏在している場合、むしろ死が我々に寄り添い始め、ついには我々の心さえ癒し始めるのだ。そしてソナチネは、邦画版の「黄色い雨」であると思う。

 

黄色い雨

黄色い雨

 

 

 ソナチネは映画監督北野武の4作目で1993年の作品。北野武の映画のうち、私にとっての最高傑作が「ソナチネ」である。静かな雰囲気にもかかわらず突発的に爆発する暴力、全体に渡って感じられる静かな死の狂気はこの映画で最も強く現れている。その理由は、この映画の撮影当時、北野武自身が自殺を常に考えて生きていたという背景もあるのだろう。

 

そして、そんな暴力的な映画にもかかわらず、どうしようもなく美しい。そんな美しさを際立たせるのが映画内で印象的に現れるキタノブルーと呼ばれる青色。黄色い雨では死は黄色であったが、北野武にとって死は青色なのだ。

 

我々は極端に死に近づき過ぎると、逆に心は穏やかで澄み渡り、そしてその諦観によって心が浄化されていく。暴力と死が近すぎて、恐怖を突き抜けてしまい、観客さえもそれらによって心が洗われてしまう。そんなレベルまで、死について突き詰めて描写している映画が他に存在しているだろうか。

 

  


ソナチネ (1993) - 劇場予告編 (Takeshi Kitano) - YouTube

 

 

台風クラブ

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子供の頃、台風が来たときにテンションが上がったりした。そんな気分は思春期の危うさからくるものなのだろう。台風クラブはその名の通り、台風が来たせいで学校に閉じ込められた男子と女子の数人が、台風のせいでテンションがおかしくなってしまうという話。そんな中で互いに遊び、傷つけ合い、将来の自分たちの姿について想像を始めるのだ。

 

監督は巨匠、相米慎二。1シーン1カットの長回しを目指した映画監督で、俯瞰から生活の場面を写実的に撮影するショットが多い。その長回しはこの台風クラブでも存分に発揮されており、体育館でレゲエを流しながら下着で男子と女子が踊りまくるシーンは技巧的にも圧巻である。

 

男女が裸で嵐の中をびしょびしょになりながら踊り狂うシーンさえもあるのだが、主演の工藤夕貴はこのとき14歳なので、どれだけヤバいのか分かってくれるだろう。しかし、このヤバさが思春期特有の狂気を映画にまとわせる。思春期の男女はまだ子供であるがゆえに、とにかく限度を知らない(田舎のヤンキーが暴力の限度を知らないのと同じように)。この映画ではそれが本当に生々しく描写されており、その具合がとんでもなく危なっかしくて、しかも懐かしい。そうして、いつのまにか学校内の世界しか知らないときの中学校時代の自分や、当時の鬱屈した破滅願望などをありありと思い出してしまう。凡百の青春アニメよりも青春というものを感じさせてくれる大傑作だ。

 


「台風クラブ」 もしも明日が...。 - YouTube

youtubeにこのシーンだけありました。ワンカットで凄いですね。

 

 

となりのトトロ

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私の原風景は、すべてとなりのトトロに詰まっている。私は小学校に通うまで滋賀県の田舎に住んでいたのだが、家の裏庭にはとても大きい一本の栗の木があった。そこで昔は、よく昆虫を捕まえたりして遊んでいた。最初に買ってもらった昆虫図鑑は、ボロボロになるまで読んだ。そんなときに、ビデオテープではとなりのトトロを繰り返し見ていたのだった。テープがついに切れるまで見るほどハマっていたのは、おそらくトトロの世界が当時の自分の生活にとても近いもので、その中でトトロの存在をとても強く感じたかったのだろう。

 

そのせいで、今になってとなりのトトロを観ると、一番最初の大きな大木が風にゆらゆらと揺れているシーンだけで泣きそうになってしまう。あの木が風に揺れる描写は本当にアニメ的な気持ち良さがあって素晴らしい。序盤の一瞬のシーンからそんな感じなので、もちろんこの映画の終盤には、自分の心は完全に原風景に支配されている。ジブリの名作は多いと思うが、あえて一本選ぶとしたら断然となりのトトロだ。

 

 

晩春

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小津安二郎最大の名作とされる「東京物語」は、絵は完璧だけど私にはまだ早すぎるのか、そこまで感情移入できなかった。後に山田洋次がリメイクした「東京家族」は観てないが、あれは面白いのだろうか。おそらくもっと私自身が年季を踏めば、その良さがわかってくるのかもしれない。そんなことで私が今一番好きなのは「晩春」である。晩春は父親を心配するあまり結婚を拒む娘(原節子)と、娘の結婚を願う父親 (笠智衆)の話だ。とにかくこの映画は、娘と父親のお互いのやりとりが素晴らしく...いや、なんと言葉で表現すればいいのだろうか。特筆すべき、旅行のシーンについて紹介することでなんとか表現してみようと思う。

 

結婚を渋っていた娘がついに嫁ぐことになり、最後に父親と二人で京都旅行に行くシーン。そこの旅館で、寝る前に交わす二人の会話である。二人は、結婚ではこういう嫌なこともあるが、こんないいこともある、父親は一人になって大丈夫か、などと言った話をする。このシーンも、やはり小津映画特有の低いカメラで淡々と写実的に映し出すのだが、その雰囲気が本当に映画的な素晴らしさに溢れているのだ。例えば、我々が実家から出て行く前日のことを思い出してみる。おそらく荷造りは母親にして貰っているのだろう。そこで、ポツリポツリと今後のことについて母親と話すことがあっただろうか。期待する将来についての話を口ではしながら、家を出ていく不安と寂しさを抱えて、しかし、それは直接口には出さない。そんなお互いの心を隠した絶妙な間が独特の寂しさと静かさを生み出す。そんな絶妙な間を、このシーンでは完璧に表現している。二人は言葉を交わし、寂しさを抱えつつ話をしていく。このシーンがあるからこそ、ラストの父親の心情が観客の心に深く心に染み入るようになっている。

 

 

東京流れ者

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とにかく奇抜で楽しい邦画といえば、鈴木清順監督の「東京流れ者」だ。日本であまり知名度はないが、海外では「Tokyo Drifter」としてカルト的な人気を博している。あの超名作「ドライヴ」を撮ったニコラス・ウェンディング・レフン監督もこのTokyo Drifterをオールタイムベストに上げており、そもそもドライヴそのものが この東京流れ者のほとんど焼き直しと言っていいくらいストーリーも似ている。別の話だが、ワイルドスピード トーキョードリフトもおそらくここから来ているのではないだろうか。

 

鈴木清順は大好きな監督で、「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」「夢二」の浪漫三部作も好きだ。特にツィゴイネルワイゼンは、今の黒沢清などJホラーに通じる作品であると思う。もちろん最高傑作とされる「殺しの烙印」も好きだが、やはり私は東京流れ者である。そもそもこの映画は渡哲也が歌う「東京流れ者」という歌を宣伝するための歌謡映画みたいな扱いなのだが、それをいいことに鈴木清順が滅茶苦茶しているのである。

 

この映画は、殺し屋に追われる渡哲也が、各地を渡り歩いて逃避行を続けるという話なのだが、各地に渡るたびにハードボイルドであったり、ドタバタのコメディであったり映画のテイストが撮り方から全く変わってしまう。しかも、低予算なのか、それを逆手にとってセットや背景が抽象的でよく分からないものになっている。主人公が銃を撃てば、なぜか背景が赤色に変わったりするのだ。本当にカメラワークもキレッキレだし、特に雪国の場面での血や提灯の赤と雪の白のコントラストは美しい。芸術的でありながら、ポップで楽しい傑作に仕上がっている。

 


東京流れ者 - YouTube