読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

象牙色の立体

映画などについて書きます。

 神経質な銃声が鳴り響くアメリカン・スナイパー

アメリカン・スナイパーを観ました。

 

f:id:solidivory:20150226011322j:plain

 

結論から言うと、難解な映画だと思います。

 

巷では戦争賛美映画だとか、色々と言われていますが、確かに一部の人にはそう取られても仕方ない気もします。これもイーストウッド監督の極端に抑制した演出と、省略話法によるものでしょう。感動的なシーンもイーストウッドらしく極力カットされています。例えば、出産のシーン。出産に立ち会うことで主人公が父親なり、命の大切さを感じるシーンなど普通の監督なら喜んで演出するでしょうが、そんなシーンもごっそりカット。陣痛が始まったと思ったら次のカットですぐに子供が生まれています。早いよ。

 

本当にイーストウッドは話し運びがテキパキしていますね。前作のジャージーボーイズではそれが完全にアダになっていたと思いますが、しかし、今作はその話し運びがより映画を写実的にして、そこがまたこの映画の"最高さ"に繋がっていると思います。

 

 

 

さて、肝心の戦争シーンについて話しましょう。

 

とにかくこの映画は、アクション映画やゲームに良くある銃撃戦のカッコよさが全くありません。そして、スナイパーを主人公とする映画にありがちなスマートな一撃必殺、言わば"ワンショットワンキル"の爽快感も全くありません。では、この映画はどのように銃撃戦が描かれているのでしょうか。

 

本作の銃声は、とにかく五月蝿くて、耳障りで、まさに「人を殺す音」がします。唐突に甲高い爆音が映画館内に聴こえて、今まで主人公が会話していた友人の脳漿が飛び散り、逆に主人公がスコープを覗いてスナイパーライフルを撃つと、耳障りな銃声が響き、女性や子供の臓腑が吹っ飛びます。戦場における極度の恐怖や緊張感を「銃声」だけで十分に表現しています。素晴らしい銃声です。帰国した主人公が、物音にビクッとなるシーンがありますが、その音も銃声に似てとても耳障りで、まさに観ている我々もPTSDを追体験させられます。

 

しかし、そんな中であっても、主人公は合計4回も戦場に行きます。目の前で友人が死に自分が酷い目にあったとしても、何度も何度も戦場に行きます。祖国に帰宅しているときでさえ、気持ちは戦場にあります。それはもはや強迫的ですらあります。俺がいれば仲間は死ななかった。誰にも俺の役は務まらないし、俺がいなければより多くの人が死ぬだろう。俺しか出来ない仕事だ。やめるわけにはいかない。彼は最後まで「仲間を守るのために正義を執行している」という意見を頑なに貫き続けますが、その目は徐々に虚ろで、焦点の定まらない目になっていきます。それでも戦場に赴き続けます。仲間のため、祖国のためと言っていますが、本当は自分の仕事に対する強迫感だけのために。その強迫感は「人を救いたい」という本来ならば素晴らしい行為にもかかわらず、戦争に関わってしまったことで「人を殺すことでしか人を救えない」人間へと変貌していくのです。

 

彼のトレードマークであるパニッシャーのマークが、その事実をより強調しています。

 

f:id:solidivory:20150226011828j:plain

パニッシャーのマーク

 

 

パニッシャーはアメコミのヒーローで、正面に大きく白い髑髏を描いた漆黒のコスチュームに身を包み、ニューヨークを中心に犯罪者退治専門のヒーローとして活動するビジランテヒーローです。犯罪者は必ず殺すというのが特徴で、復讐のために生きている男です。

 

このマークが、劇中で何度も強調されるのです。

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

いろいろ言ってきましたが、この映画をこれから観る人はぜひエンディングに注目して頂きたい。とにかくエンディングの切れ味が鋭い。「え!?」となりました。

 

「え!?!?」

 

このラストは受け止め方は非常に難しいですが、このエンディングだからこそ、各々考える機会が与えられるのです。映画を観た人は最後まで席を立たずに必ずこの映画について反芻すること。観ましょう。

 


映画『アメリカン・スナイパー』予告編 - YouTube

 

 

この記事の終わり方の切れ味も良いです。