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象牙色の立体

映画などについて書きます。

あまりハマれなかった「たまこまーけっと」の劇場版「たまこラブストーリー」は果たして傑作なのか!?

たまこラブストーリーを観た!

 

映画化された「たまこラブストーリー」の評判が最高だったからという理由と、久々にアニメの映画も観たいなぁという理由から「たまこラブストーリー」を観ました。

 

 

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たまこラブストーリー

あらすじ

けいおん」シリーズなどを手掛けてきた京都アニメーションが制作を務め、恋に鈍感な女子高生をヒロインに友情や恋愛をさわやかにつづる青春アニメ。家業の餅屋を継ごうと考えている少女が、友人の変化や成長に触れ、自らも将来や恋愛について揺れ動く様子を映し出す。テレビアニメ「たまこまーけっと」や『映画「けいおん!」』と同じく、監督を山田尚子、脚本を吉田玲子、キャラクターデザインを堀口悠紀子が担当。愛らしいキャラクターや緻密(ちみつ)なストーリー構成、繊細で美しい描写が見どころ。同時上映は『南の島のデラちゃん』。

 

 

いや、正確には「たまこラブストーリー」を観るために、まずはTV版である「たまこまーけっと」全12話を観た後、DVDのおまけアニメ「デラ's Bar」を全話観たあげく、主演の声優さんがやっているラジオたまこまーけっと もちもちラジオ」全18回まで聴き、そして、満を持して「たまこラブストーリー」を観ました。

 

 

しかし、実は...「たまこまーけっと」そんなにハマらなかった!

 

 

 

 

 一つは、けいおん!などの京都アニメーションの、というよりも山田尚子監督作品に共通する綺麗すぎる絵柄が苦手だというのがあります。巷で言われているように髪型以外は同じ顔だし感情移入しにくい...特に、主人公の北白川たまこに感情移入しにくい。CV:洲崎綾さんは「洲崎西」という病的に面白いラジオのリスナーなので知っていましたが、まあそんなことは関係なく感情移入しにくい。天然で天真爛漫なキャラクターのたまこですが、純粋すぎて人間らしい部分が全く感じられず、実家の餅屋のもちを極度に好いており、それを改良、販売促進することのみに心血を注ぐ超人のようなキャラクターなのです。

 

それに比べて、たまこの取り巻きの牧野かんなや父親の北白川豆大の変人さや人間臭さがかなり丁寧に描かれているので、彼らに感情移入すれば良い話なのですが、それの対比として、一層主人公の北白川たまこの超人さ、非人間性が際立つのです。

 

また、脚本の穴も目立ちます。特に、喋る鳥であるデラ・モチマッズィとその取り巻きである南の島の人たちの存在について。この物語の語り手で、TVアニメ版の終盤では展開の中心となるような存在ですが、正直「必要なくない?」と思いました。商店街の話に、南の島の人たちを登場させるのはそもそも日常系アニメとして非現実的すぎるし、それらが物語の求心力になっているとは思えないのです。

 

しかし私は、山田尚子監督がこの作品で描きたかったことを、南の島の人たちに託してしまったことが「たまこまーけっと」が今ひとつ乗れなかった理由だと考えました。

 

では、山田尚子監督がこのアニメで描きたかったことは何か?

 

 

  • 監督が「たまこ」で描きたかったこと

 

 

それは「日常系」からの卒業だと思いました。

「日常系」とは何か。Wikipediaによると、

 

日常系とは、主にゼロ年代以降のアニメなどにおいてみられる、キャラクターのたわいもない会話や日常生活を延々と描くことを主眼とした作品群。

 

...ということだそうです。

 

つまり日常系では物語性が極力排除され、極端に不幸な出来事や真剣な恋愛は絶対に起こりません。簡単に言うと、女の子たちがゆるふわと日常を過ごすさまを神目線で眺めるというタイプのアニメですね。このようなタイプの物語は、ゆるやかな時間を過ごすことでリラックスできたり、女の子に萌えたりする方面で最大限の効果を発揮します。このような時間がずっと続けばいいということが現実でもありますよね。

 

 

しかし、主人公たちは重大な課題を一切与えられないため、最後まで全く成長せず、そのために、物語の求心力自体が弱いという問題点があります。一話完結にすればそれを見た目上は解決できるため、大体こういうタイプの作品は、一話完結が多いですね。

 

王道の物語構造のひとつである「貴種流離譚」と呼ばれるタイプの作品を筆頭に、主人公の成長は物語の完結にどうしても必要であり、成長しない物語は永遠に終わらないという性質があります(サザエさんとかその典型ですね)。また成長を描くことで、直接的に感動やメッセージを観客に伝えることができるので、「日常系」以外の物語のほとんどはこのような構造を持たざるを得ません。そんななかで、最近アニメで流行している日常系はなぜ、これほど支持を得ているのでしょうか。

 

それは、アニメ独特の「現実を繊細に表現することによる快感」にあると言われています。アニメ自体が「動く絵」であり、より架空の存在として認識されているため、アニメのキャラクターが人間として生きていると感じさせるような些細な描写を積み重ねること自体が快感に繋がるので、それがキャラクターの愛おしさに直結するということだそうです。それが究極的に進化して、その一点だけを楽しむようになったのが日常系アニメだったのです。

 

さて、山田尚子監督は「たまこまーけっと」で日常系のデメリットの部分を破壊したかったのだと思います。日常系の破壊!それが「たまこまーけっと」のテーマでしょう。だから物語の終盤で、商店街という閉じた世界ではなく、外の世界、つまり南の島から来た人々から重要な課題を提示されるのです。南の島からの人々は、閉じた商店街や閉じた人間関係という悪く言えば「ぬるま湯」的な典型的日常系の環境を破壊するものとして、やってくるのです...がそれが成功しているとは言い難い。

 

南の島の住人が異常な存在として際立ってしまい、話そのものが熟成する前に周りの戸惑いも無視して日常を乱暴に破壊する存在になっていました。そのため、与えられた課題もあまりに非現実的で、たまこの焦りもまるで非現実的、ラストの決断も何の感慨も湧かず「そりゃそうだろ」という始末。

 

幼馴染でたまこが好きなもち蔵は、ひとり取り残されて手を咥えながらみているだけという...6話くらいまでは頑張ってのに、もうちょっと頑張れよ。

 

では、果たしてこんなたまこまーけっとの劇場映画化、

たまこラブストーリーは評判通りの傑作なのか!?

 

 

 

 

 これが、超弩級の傑作なんですよ!

 

どう傑作かって...観ろよ!と言いたいところですが、ここまで積み重ねてきたので最後まで話すと、本当に丁寧に、重箱の隅をつつくように、日常系というものを完全に破壊しています。

 

 

 

バッキバキに破壊してもう見る影もないくらい!ざまあみろ!!

 

 

 

まず、南の島の人たちを登場させていません。ほらいらんだろ、いらんねんあいつら。最初のおまけみたいな感じで出てくるだけ。

 

そしてオープニング。オープニングでは第9話で流れる(唯一TV版で良かった回!)、父親が母親のために学生時代に作ったロックで始まります。これも絶妙にダサくて最高なんですよ。「お!これはいいのではないか!?」とここで既に思いました。

 

 あとは、もち蔵とたまこの恋愛だけに限定されて話が完結しています。つまり、日常系を破壊するために必要な課題として「もち蔵からの告白」が与えられ、それによって、たまこの住んでいた「ぬるま湯」の世界が確実に崩壊を始めます。これだったらTV版と違って飛躍していないし、自然な流れです。いままでの閉じた完全な環境では超人だったたまこが、高校3年になって周りの変化やもち蔵からの告白によって自分の非力さや自信のなさに気づき、そして成長していくという展開になっています。

 

たまこは非常に悩みます。そして逃げ出してしまいます。普通の生活を装い、以前の心地のよかった人生に戻ろうとしますが、戻ろうとしても戻れない。一度成長を始めた物語は、もう決して後戻りはできないのです。そして物語の大半はたまこの心の葛藤のみ当てられます。父親と母親の歴史、自分の歴史や友達の成長に触れ、少しづつ成長していく様が80分かけて丁寧に丁寧に描かれていきます。そして、このあたふたするたまこが非常に人間味溢れていて、良いんだよなぁ。全然TVアニメ版と違うよ。そこに、TVアニメ版になかったような、汽車で感情を表現したり、糸電話で感情を表現するような、いわゆる映画的な表現も満載。

 

また、着実に丁寧にたまこが成長していく過程は、日常系の良い部分だけを受け継ぎ、ほんわかと繊細に描写されていながらも後ろに不安が潜む、まさに思春期の葛藤そのものを描写しているようです。これこそ新しい日常系ですね。そして、結果としてその成長が徐々に自分の気持ちの決断へと繋がっていきます。

 

そして、クライマックス。ついにたまこの成長が完成し、完璧に自分の日常系を破壊したその瞬間、暗転して唐突に物語が終わる!これは潔い、潔すぎる!

 

ダラダラと成長したあとも話を続けるなんて全く意味ないんだよ!

成長した瞬間に、目的が達成したその瞬間に、物語が終わることほど最高な終わり方はない。まさに「フレンチコネクション2」のような完璧なエンディングです。最後に、エンディングテーマで流れるのは、オープニングテーマのたまこ自身が歌うバージョン。父親と母親の歴史を、歌を通して知ることでたまこ自身が成長し、そしてその父親の歌を、成長したたまこ自身が歌って終わるというこれまた完璧なエンディングテーマ。

 

後から考えてみると、そこは口で説明せずに描写で説明しろよ!という部分が二箇所と、幾らなんでもクサすぎるだろ!という部分が数カ所ありましたが、それはご愛嬌です。

 

 

いやはや、これはテレビアニメ劇場化作品のなかでも稀にみる大傑作だ。

 

しかし、アニメ版「たまこまーけっと」を観ないままに急に映画から観ても、やっぱりこういう感動は得られないし、たった全12話なので「たまこまーけっと」をみてから「たまこラブストーリー」を観ましょう。感情移入の度合が全然異なります。

 

アニメ版も第9話だけは最高だよ。