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象牙色の立体

映画などについて書きます。

まど☆マギ新編観たよ!

 

"圧倒的な幻覚的映像の奔流!!"

 

劇場版 魔法少女 まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語 を観ました。

...実は(内緒で)2回観ています。あと2回は映画館で観ても良いかな?

 

まず上記の通り、この映画について端的に評してみましたが、 つまり、まず特筆すべきはこの映画の画面全体に溢れる圧倒的な刺激です。キッチュでグロテスクなものを、布団を掃除機で吸うやつのように圧縮して詰め込んでいます。まさに、これこそが、TVアニメでは出来ないこの映画自体の魅力。これだけで、私自身の芸術的な琴線に触れるどころかガッツリ鷲掴んでくるものでしたが、さらに!

 

この、TVアニメでは表現出来なかったであろう、画面から氾濫するほどの幻覚が、作品の抽象性や非現実性に徹底した説得力を与えているという。映画評論家の宇多丸さんは「これはもはやドラッグ映画だ!」と評しておられましたが、ある意味では全くその通りだ、と。

 

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基本的にこんな絵作りがずっと続く。

 

つまり、映像は文句なしの100点宇多丸さん的にいえば『5億点』ですよ。ついにシュールレアリスティックな部分とオタクカルチャーをここまで濃厚に混ぜ合わせることが出来たか、と。これだけ大衆に受け入れられている映画ながら、これだけアヴァンギャルドな絵作りが出来るということは、作り手の圧倒的な""自信""があるからなのでしょう。

 

 

...では肝心のストーリーはどうでしょうか?

 

 

----------- ストーリー ------------

 

今回のストーリーの話をする前に、少しだけ前回の内容に言及させてください。

 

前作のTVアニメは、序盤のイメージそのままゆるフワ系魔女ッ子アニメから、3話で首チョンパ風見鶏、そのまま展開は暗黒面を突き進み、ラストは2001年宇宙の旅を彷彿とされる本格派SFにまで駆け上がる挑戦的な作品でしたが、その破天荒ながらも理論武装された展開、それこそヤン・シュヴァンクマイエル横尾忠則を思わせるキッチュな画面構成、繊細な心理描写はどれをとっても個人的に弱点であり、抗えない程の魅力がありました。

 

特にラストの本格派SFの部分は圧倒的で、きゅうべぇをモノリス、まどかをボーマン船長と捉えたいわゆる「2001年宇宙の旅」的展開のはてに、自分の意志と選択により概念となったまどかのほうが、半強制的にスターチャイルドになったボーマン船長以上に魅力的に映ったものでした。

 

...でも、やはり!

 

完全に完結してしまった物語を再び劇場版で掘り返すのは、幾らファンとはいえ、かなり抵抗がありました。なぜならば、前作はほぼ完璧だったのですから。しかも、新編を始めるにあたって、多数の問題点が山積しています。いくつか挙げてみると、

 

1.主人公のまどかが概念になっているので、殆ど出て来れない。

2.敵が違う。なんか魔獣とか全然あれだし、魅力的な結界も作れない。

3.前作の問題は殆ど解決しているし、もはやこれ以上やりようがない。

4.そもそも、死んでいる子もいる。

 

 

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そもそも死んでいる子

 

...これだから、凄く不安でした。こんなのをすべて解決する方法ってパラレルワールドぐらいしかないんじゃないか、と。ガッカリですよ。パラレルワールドだったら。

 

まあでも、もう一回あの世界観で観れるなら別にいいかなーとか、完全にガチオタなことを思いながら観に行きましたが...ね...いや...まさか、この発想があるとは(パラレルワールドじゃなくてよかった)!!よくこれだけの過酷な状況から、閉じた物語を再び開くことが出来たな、と。また、前回に実現しなかった二人のやり取りや、活躍を観ることが出来るというサービスにも感謝。

 

「劇場版」と名のつく邦画の脚本家の皆さんは見習ってくださいよ...

 

 

-------------ここから超絶ネタバレ--------------

 

 では、核心へ。

今回の新編は、前作に掲げたテーマへの補足回答だったのでした。

 

端的に言うと、前作は「破壊と救済の物語」でしたが、今作は、「救済と破壊の物語」です。前作は、魔法少女という過酷な運命を傍観しながら苦しむ中で、唯一無二の救済を見つけたまどかが、最後に自己犠牲によって魔法少女が苦悩しない世界を作る、という物語。

 

そして、新編の前半では、前作で過酷な運命に巻き込まれて苦しんでいた子達が理想的な魔法少女ライフを謳歌します。これはまさに、前回のラストでまどかによって書き換えられた「魔法少女にとって理想的な宇宙」の現実化です。また、意思疎通できなかった登場人物たちの交流も補完されています。しかし、この理想の生活にはどこかいびつな部分があります。

 

そのいびつな部分とは?

 

それは前回まどかが、ほむらを救えなかったことです。ほむらは前回のTVシリーズからまどかを救うために、まどかへの愛だけで行動していました。たとえ、それ以外の誰を犠牲にしても、まどかさえ救えることが出来れば良かった。しかし、まどかが「自己犠牲による救済」を選択してしまったために、不幸にも、ほむらは、永遠にまどかを忘れることも出来ず、誰にも話すことが出来ないという永遠の苦しみを味わうことになってしまった。

 

つまり、自己犠牲による救済というのは、本人を心から愛する周りの人にとっては地獄でしかなかった。前回は、世界観的にみれば確かにハッピーエンドであったものの、ほむらが抜け出せない苦しみに囚われたという点では確実にバッドエンドだったのです。

 

そして、今作では、いびつな平和を維持していた世界を、ほむらがそれまで溜め込んだ、まどかへの愛と苦しみによって、まどかを神の座から引き摺り下ろす悪魔へと ーまどかへの愛のためだけにー 変貌することによって、混沌としているがいびつさがない、魔法少女みんなが一人もかけることなく存在できる世界に再構成するのです!

 

...これ以上の正統な続編がありますか!?

あるんですか!! 

 

 

 

...ないよ!!

 

 

 

よくある自己犠牲的なラストの映画は今までもありました。そういう意味ではTV版は、今までにあったような陳腐な設定といえばそうなのです。しかし今回「ヒロイズムからくる自己犠牲は本当に正しい行為なのか?」という、いままでになかったような、さらに高次な問題に再定義したのです。

 

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...これで以上です。書くの疲れました。

おそらく、ラストを観る限り、今後も続くような気はしますね(そこは少し不満)。

 

でも、そうなるならば、今度こそ、誰にも犠牲がない完全な完結を迎えてくれればと。

ファンとしては願うばかりです。

 

 


「劇場版 魔法少女まどかマギカ [新編]叛逆の物語」予告編映像 - YouTube