読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

象牙色の立体

映画などについて書きます。

ヤン・シュヴァンクマイエルと魔法少女

ヤン・シュヴァンクマイエル監督のアリスを観ました。

 

ヤン・シュヴァンクマイエルは芸術家あがりの監督です。本人は「戦闘的シュルレアリスト」とか不気味なことを標榜してますし、まずそもそも名前が非常に言いにくい。「難しいことを押し付けてくるんだろうなぁ」と諦めていましたが、でも、これが観てみるとすこぶる面白さでした。むしろ、今まで観た映画の中でも最高に面白い部類に入る、超がつく傑作だったのであります。

 

今回観た「アリス」の内容は所謂あの「不思議の国のアリス」そのままなのですが、ストーリーについてはまあ終始めちゃめちゃで、意味不明です。まるで支離滅裂な展開。ただ、自分のイメージした悪夢を実際に映像にしたような映画なので、その辺りの意味不明さにはさほど抵抗はありませんでした。

 

でも、なぜ「自分がイメージした悪夢を実際に映像にしただけのような映画」がこれほどまでに大傑作と感じたのでしょうか。

 

 

それはひとえにこの監督の圧倒的な想像力によるものでしょう。

 

 

圧倒的とはまさにこのことです。いろいろな小説や映画に触れていると、ときに「この人の想像力にはどれだけ努力しても到達できない」と思わせるような圧倒的な想像力を見せつけられることがあります。まさに才能と呼ばれるものでしょう。それは例えば、小説であればガルシア・マルケスR・A・ラファティでした。

 

 

そして映画では、ヤン・シュヴァンクマイエル

 

 

その想像力の凄さについて考える前に、映画や小説での想像力とはなにか、について少し考えたいと思います。そもそも映画では、観客の想像力が映像に縛られてしまうように思います。これは映画が、映像を見せることである限り逃れられない運命です。しかし小説は文章を読ませることなので、そこには観客の想像をかき立てる空隙があります。そのため、読者が想像力を感じることが、映画よりも簡単でしょう。

 

難しいかもしれないので、簡単に説明し直しましょう。「ハリーポッターと炎のゴブレット」を例にとって説明します。ハリーポッターと炎のゴブレットの小説版には尻尾爆発スクリュートと呼ばれる獣が出てきます。小説での説明は以下の通り。

 

"名前の通り尻尾が爆発する。雄は針を持っており、メスは腹に吸盤がある。共食いをする。孵った時は体長約15,6cmで殻を剥かれた奇形のロブスターの様な姿をしており、胴体は青白くぬめぬめしていて、脚が彼方此方から出ている。顔や口の場所が判らず、腐った魚の様な匂いがする。成長し切った時は体長約3mで蠍の様な姿をしており、背中に長い棘を丸め込んでいる。"

 

私たちは思い思いにこの尻尾爆発スクリュートの姿を思い浮かべます。どんな生物なのか観てみたい、と。そして著者に対して「凄い想像力だ」というイメージを抱くのです。これが小説に存在する想像の間隙です。しかし、もし映画版で尻尾爆発スクリュートが映像化されたとしたら、観客の全員が一つのイメージに固まってしまいます。映像化された尻尾爆発スクリュートは、「あれ気持ち悪かったよねー」で終わりです。どんなに衝撃的な形をした獣でも、観客が映像をみた時点で、それは想像を超えなくなるという、映画の本質が抱える問題です。実際には映画版の炎のゴブレットでは尻尾爆発スクリュートが出てきませんでした(これには心底ガッカリしましたが)。しかし、逆に今では、映像化されない方が良かったとさえ思います。

  

小説に比べて不利な状況にある映画で、度肝を抜くような想像力を見せつけるのは非常に困難であることが分かりました。

 

 

しかし、その本質さえヤン・シュヴァンクマイエルは乗り越えているのです。

 

 

「アリス」では映像を見ているにもかかわらず、想像の間隙があり、観客自身も様々な妄想をしている気分になるのです。これは、現実と非現実が全く分断されずにごちゃ混ぜに描かれるのが原因でしょう。観客にどこまでが現実でどこまでが非現実か分からなくさせていることが、大きな想像の源であるように思います。例えば、兎が家の中から逃げ出す次のシーケンスでは家の壁がなくなって、床はそのまま畑に繋がっているという展開があります(文章にすると意味不明ですね)。しかし、その切り替えが自然過ぎて、観客は現実にいながらも不自然な世界にいるような感覚を覚えます。

 

つまりまとめると、アリスでは想像したものを映像化するのではなく、誰もが持つ想像そのものを映像化してしまうという方法で上記の問題を解決しています(これは解決になってるのか謎ですが)。想像そのものを映像で見せられると、そりゃ想像力があると思いますよね。ただその想像力が半端ではないので、私たちは監督の圧倒的な想像力を追体験するという形になり、それが凄まじく楽しい体験なのです。

 

 

どうやらこれが「自分がイメージした悪夢を実際に映像にしただけのような映画」がこれほどまでに大傑作と感じた理由でした。

 

 

ちなみに、ヤン・シュヴァンクマイエル劇団イヌカレーに少なからぬ影響を与えています。劇団イヌカレーといえば、「魔法少女まどか☆マギカ」で魔女の結界の映像を作成していることで有名な存在(映画の新編も楽しみですね!)。そして、この「アリス」が、特にまどか☆マギカに強い影響を与えているのは明白でした。たくさん並んだホルマリンの瓶や、無生物のカクカクとした動きは、完全にオマージュと言っていいでしょうもしかしたらアリスも魔法少女だったんじゃないかとか考えた人は完全にアウトです。

 

 

f:id:solidivory:20130331032531p:plain

f:id:solidivory:20130331032538p:plain

 ホルマリンの瓶(上:まどか☆マギカ 下:アリス)

 

 

そういった意味でも、ヤン・シュヴァンクマイエル監督のアリス。

これは必見だと思いますけど。

 

 

 

 


ヤン・シュヴァンクマイエルのアリス 予告編 - YouTube

 

ヤン・シュヴァンクマイエル アリス [DVD]

ヤン・シュヴァンクマイエル アリス [DVD]

 

ヤン・シュヴァンクマイエル/アリス